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AIと自動化ー合成化学の加速と創薬の合理化

AI(人工知能)は、創薬の各段階(標的の発見から臨床試験の適応的デザインまで)における支援ツールとして評価されています。今ではAIが新しい化合物の設計や、新たな薬剤候補の特定に携わる化学者たちに大きく貢献しています。AI技術の進展により、ラボにおける最新の自動化技術とAIを組み合わせることも夢ではなくなりました。分子の設計から合成、試験に至る研究開発のプロセス全体を自動化することで創薬プロセスの大幅な迅速化につながります。
製薬およびバイオテクノロジー関連の科学者たちは、当然ながら創薬の効率を高める方法を模索しています。しかし、1つの新薬を世へ送り出すまでには、10~12年の歳月と約29億ドルにものぼる巨額な資金が必要です。コンサルティング会社デロイトの推計によると、昨年の製薬会社のR&D投資利益率は1.8%へ低下し、統計をとりはじめた2010年以来で最低を記録しました。研究開発費の増大と開発期間の長期化の傾向を打開すべく、創薬の関係者に業務効率化の重圧がのしかかっています。

AIと自動化の組み合わせは、問題解決へのソリューションとなるかもしれません。

AIは創薬のプロセスにおいて、創薬に携わる化学者の知的処理能力を飛躍的に向上させることができます。主なメリットは、一般に人の脳が処理できる設計パラメータよりもはるかに多くの要素を同時進行で評価できる点です。AIを上手く活用できれば、究極的には目的とする物理化学的性質を兼ね備えた物質にたどり着くまでに科学者が研究室で生成や分析しなくてはならない化合物の数を削減することができるかもしれません。言い換えると、創薬チームはAI活用ではるかに重点的かつ効率的な作業が可能となるでしょう。
例えば、典型的な薬剤開発プログラムでは、1つのリード化合物にたどり着くまでに3~5年の歳月と2,000~3,000種の分子の合成と分析が必要になります。しかし、AI活用のおかげで400種の中からリード化合物を見つけられるまでになりました。AIが本領を発揮するためには、手元に大量の情報が必要です。例えば、ITやビッグデータ空間のように何百万~何十億件ものデータポイントがある場合はAIは本領を発揮できます。一方、創薬分野では開始時のデータポイントが数百件あればいい方で、これではAIの能力を上手く発揮することはできません。そこで自動化の出番となります。

自動化がもたらすメリット

創薬の自動化のメリットは良く知られています。信頼性、処理能力や再現性の向上、そして常に研究の現場で人が実行しなければならない面倒な作業時間の短縮です。過去20年以上の間、化学合成のワークフローは様々な形で自動化されてきました。初期のコンビナトリアルケミストリーから始まり、最近ではベンチスケールのフローケミストリーシステムの開発がその一例です。
これまでの自動合成は、1段階あるいは2段階のプロセスが中心でした。化合物のライブラリーを作成し、標的スクリーニングや構造活性相関を洗練化させることが目的でした。しかし、最新技術を用いることにより、ナノグラム単位からグラム単位の範囲でかなり複雑な分子の複数段階の合成を全自動で行うことが可能になります。これまでにない速さの合成が可能となるのです。

例えば、インクジェット技術の進展により1秒あたりの反応の処理能力が向上し、多段階反応での「印刷」が出来るようになりました。AI主導型の分子探索におけるデータ数不足の問題解決に、自動化が貢献できるのです。自動化により、数多くの標的分子を迅速に合成や試験できるようになることで、AIモデルに足りないデータを素早く補完し、目的の性質を有する分子構造を予測することが可能となります。
有用性を最も高めるには、AIおよび自動化の組み合わせを1段階のプロセスとしてではなく、反復サイクルとして捉えた方がよいでしょう。AIに与える情報が多ければ多いほど、アウトプットの質が高まります。分子構造に関して自動化されたワークフローを通じて得られる知見はすべて記録され、その記録はAIの訓練に使われることで次の実験サイクルに生かされます。両方の要素が創薬プロセスに完全に統合されれば、早期薬剤候補化合物の発見にかかるルーティン作業を年単位から月単位に短縮でき、指数関数的に大きな影響をもたらす可能性があります。
簡単に言えば、AIによって合成する分子の数が合理化され、自動化によって合成と試験が迅速になるのです。しかしながら、この両者をもってしても熟練科学者のスキルと専門知識にはかないません。AIと自動化はあくまでも創薬に携わる化学者の能力を高めるものであり、最新技術を活かすことにより、化学者は効率よく多くの可能性の評価を行うことができます。これが効率性および機敏性の高い創薬の実現につながります。

化学者らはより多くのプログラムを同時に走らせて、次段階に進めるべき標的をよりよく判断することができるため、手間のかかる作業を増やさずに数多くの標的をパイプラインに組み込むことができるのです。また、新興疾患に対する即応性を高めることもできます。実際、新型コロナウイルス(COVID-19)の治療薬開発では既にこの手法が用いられています。さらにAIと自動化の組み合わせは、工業化学プロセスの最適化や既存の分子の自動生成プログラムへの移行など、創薬プロセスの下流工程にも恩恵をもたらします。これらの取り組みもまた、長い時間と多額の費用を要しますが、創薬にかかる研究開発期間と費用を削減する大きなチャンスとなります。
創薬分野へのAI導入は当初、計算化学者の主導で行われました。この分野の学者たちは必要な専門技術を有しており、AIという新たなツールを分子探索に上手く融合することが出来たからです。今後、AI駆動型などの更に使いやすいインターフェースが開発されれば、必要とされる分子の性質などを熟知してはいるけれども計算化学の知識を持たない研究者たちの間にも洗練されたAIツールが広く普及するでしょう。そう考えるとわくわくします。AIと自動化によって、このチャンスはすぐそこまで来ています。

<参考文献>
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ネイサン・コリンズ博士はSRI Biosciences の最高戦略責任者(CSO)として、研究開発プログラムの商用プラットフォームへの移行を牽引しています。化学専攻の後に長年創薬に携わり、現在は合成化学プロセスの改善に注力しています。

ネイサン・コリンズ博士の原著はテクノロジー・ネットワークスに掲載されています。原著出版元 https://www.technologynetworks.com

筆者:Nathan Collins, Ph.D./ SRI International, CSO of SRI Biosciences

編集/管理:熊谷 訓果/ SRIインターナショナル日本支社

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