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新型コロナウイルス感染症によるパンデミックと機械学習は「思春期のメンタルヘルス」にどのような知見をもたらしたのか

SRIとAdolescent Brain Cognitive Development Study®(思春期脳認知発達研究®)による論文は、パンデミックが若者に与えた影響について重要な知見を提示

「この論文は、パンデミックの全体像の中での特定のライフスタイルや心理社会的な行動について人々に伝えるために書かれたものです。メンタルヘルスの分野では、パンデミックが成人に大きな負担をかけたことはよく知られていますが、思春期の若者にも影響を及ぼしており、中には大人以上に精神的なリスクを背負っている若者もいます。」- Orsolya Kiss, Post-Doctoral Fellow, SRI International

大人の多くは、自身の多感であった思春期の頃を覚えていることでしょう。身体的・精神的な変化や社会的なプレッシャーから、思春期には気分が落ち込むなど様々な精神的な問題を抱えてしまうことも少なくありません。

SRIとAdolescent Brain Cognitive Development Study®(思春期脳認知発達(ABCD)研究®)の共著論文は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが青年期の若者に与える影響について貴重な知見を提示しています。

思春期の脳に関するABCD

ABCD Study®(ABCD研究®)は、脳の発達と子どもの健康に関する大規模かつ長期的な米国で実施された研究です。米国国立衛生研究所(NIH)からの資金援助を受けており、研究者は思春期の発達と神経科学に焦点をあてて研究しています。ABCD研究コンソーシアム(The ABCD Research Consortium)は21の研究施設にて活動しており、そのうちの1つはSRIインターナショナルを拠点としています。研究者たちは、思春期から青年期にかけての生物学的発達と行動学的発達を研究しています。

この研究では、機械学習(ML)などの最先端技術を用いて様々な活動や出来事が脳の発達をいかに形成し、社会的、行動的、学問的、健康的な成果などにどのような影響を与えるかを探求しています。ABCD研究®の成果は、社会全体で子どもや青少年の幸福を促進するための実践的な支援となるものです。

新型コロナウイルス感染症が思春期のメンタルヘルスに及ぼした影響に関する補足研究

「パンデミックが思春期の若者にもたらした影響」の論文では、「パンデミック時における思春期の若者のストレス解消法として、日々の日課の維持、健康的な活動、社会的な交流への参加が提唱されているが、どのような行為が最も効果的かを示す研究はほとんどない」と記載されています。

SRIは、ABCDコンソーシアムの他のメンバーとともに、パンデミック発生前の2018年から1万人以上の思春期の若者が参加する長期的なABCD研究®に取り組んできました。この研究は縦断的研究であることから、研究者はパンデミック以前からの参加者に対し、このパンデミックの影響に関する補足的なプロジェクトへの参加を依頼することができました。このプロジェクトは、「The Pandemic’s Toll on Young Adolescents: Prevention and Intervention Targets to Preserve Their Mental Health(意訳:パンデミックが思春期の若者にもたらした影響:彼らの心の健康を守るための予防と介入目標)」と題した主要論文を発表するに至り、SRIの研究者であるOrsolya Kiss、Fiona Baker、Massimiliano de Zambottiが共著者に名を連ねています。

ABCD研究®はパンデミック発生時にはすでに進行中であったため、研究者は貴重なデータを補足することができました。この新型コロナウイルス感染症に関する経験を収集する補足研究には、約3,000名が参加しました。このサンプリングは主要となるABCD研究ほど人口統計学的にみて集団を代表するものではありませんでしたが、全米21カ所の施設からパンデミックの前とパンデミックの最中における多様なデータが得られました。

この論文の目的は、新型コロナウイルス感染症が思春期の精神的健康に及ぼす影響について、一般的に、そして親ならびに臨床医に知見を提供することです。これらの知見は、家族へのアドバイスや支援プログラム、また、この困難な時期を若者が乗り越えるにあたり、より広い支援構造を形成するために活用できます。この研究では、良好な睡眠パターンなど「健康的な行動」に着目しています。

これらの結果はパンデミックの最中の参加者の精神状態に基づくものではありますが、他のストレスやトラウマを伴う事象にも適用できることが明らかになりました。また、パンデミック最中の思春期の気分状態に関連した行動要因・環境要因についても貴重な情報を提示しています。また別の危機の際にも、同様のパターンが生じる可能性が考えられます。

思春期の参加者データ解析に機械学習モデルを採用

情報は親や保護者たちからも収集しており、家族像を正確に把握するにあたって全方位的にデータを収集しました。そして、このアンケートを研究グループが集計し、分析を行いました。

大規模なサンプルとその親や保護者から得られたデータは、機械学習モデルを用いた分析に理想的なものでした。これらのツールは、高リスク群に対する早期認識・早期治療に活用できる独立リスク因子と独立保護因子を特定できる統合的なアプローチを提供したのです。機械学習モデル(MLモデル)は、サンプルとなった思春期の若者の精神状態に影響を与えた可能性のある、改善可能な心理社会的およびライフスタイルのリスク因子を特定するために使用されました。

健康維持のための「睡眠」について

「我々は睡眠を研究することで、健康的な睡眠に関する情報を人々に提供することが健康にとって非常に重要であると考えています。人は膨大な時間を睡眠に費やしていますが、脳は睡眠中に活発に働いており、免疫システムを支援するとともに身体と精神両方の健康を改善するように動いているのです」と、Kissは述べています。

睡眠障害は、この研究で使われた変数の1つです。睡眠時の呼吸障害だけでなく、睡眠の開始と維持の難しさなど、参加者の睡眠パターンを理解するにあたり、児童睡眠障害尺度(Sleep Disturbance Scale for Children:SDSC)が使用されました。この変数には入眠時間、睡眠時間、入眠時間の遅延、学校のある日と休みの日の睡眠慣性(布団等から出るまでの時間)、クロノタイプ代理(特定の時間に眠くなる傾向)が含まれています。

SRIのHuman Sleep Labは、睡眠と行動がどのように関係しているかを研究しています。思春期は人生の過渡期であることから、「健康的な睡眠は、例えばパンデミックやその他の危機的状況の時に、有害な影響から彼ら(思春期の若者)を守る盾のように作用する」とKissはSRIに語っています。

研究上の重要な知見

この補足研究の論文は、パンデミックが青年期の若者の気分に及ぼす影響について、いくつかの重要な知見をもたらしました。

社会的関係は、パンデミック時の心の健康維持に重要である。
健康的な睡眠は、ポジティブな気分を保護し、ネガティブな気分にある状態のリスクを減らすために非常に重要である。
身体活動など、別の健康的な行動にも気を配ることは、非常に有効である。
うつ病になったり、不安が強くなったりする傾向は女子のほうが高い。
パンデミック以前より内面的な問題を抱えていた思春期の若者は、パンデミック時に気分が落ち込むリスクが高い。

SRI Sleep Labのチームは、この研究に参加者された皆さんが“パンデミックにどのように対処するか”を長期的に追跡研究することに同意してくれることを期待しています。KissはSRIに対し、「参加者の多くは、パンデミック前の生活行動に戻るだろうと予想しています。これはおそらく、この困難な時期を脱するにつれて、外で過ごす時間や友人と過ごす時間を増やしていくということでしょう。SRI Sleep Labのチームは、このような長期的な影響の追跡を続けていきたいと考えています。」と述べています。

最後に一言

この研究を総括して、Kissは「パンデミックの初期から始まったうつ病やふさぎこみからの回復過程に非常に興味があります。この論文の焦点はほとんどパンデミックの初期段階に当てており、今後、研究が進むにつれて、回復の軌跡がより多く見られるようになればと思います。しかし、パンデミックはまだ終わっていませんし、この長期間のパンデミックを網羅する研究は非常に少ないのです。次のステップは、研究中に収集されたすべてのデータを処理し、リスクが及ぼした影響だけでなく、回復の効果を探すことでしょう。人にはレジリエンス(回復力)がありますし、若者は特にこのレジリエンスが高いのです。SRI Sleep Labチームは、ABCDとともに、リスクだけではなく、レジリエンスの源に焦点を当てたいと考えています。」と述べています。

編集/管理:熊谷 訓果/ SRIインターナショナル日本支社

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