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量子技術の応用に不可欠な「極低温技術」の進歩

QIST(量子情報科学技術)を研究に特化した分野から商業展開へと移行させるために必要な、極低温技術に関する4つの優先事項

量子情報科学技術QIST: Quantum Information Science and Technology)の進歩は、通信やバイオ医薬品センサー、金融・緊急対応・交通・電力網を管理する計算ツールなどへの応用が示唆されています。これらの応用を実現するシステムの多くは、現在はまだ存在しない極低温技術を必要としています。また、新しい極低温ツールによって、有用なコンピューターやネットワーク、センサーを開発するための研究も加速させることができます。

QISTを、研究に特化した領域から商業展開への移行を促進するための極低温技術に関する「4つの優先事項」をご紹介します。

1. 極低温システムの不可視化
2. モジュール型極低温エコシステムの構築
3. 極低温システムの生産性向上
4. 極低温技術の商用化

「研究」から「展開」への移行

これまでは、研究者のニーズが極低温システムの設計と性能の主要件でした。その結果、極低温ソリューションや機器の大半は、低温で実施する最先端実験のニーズに個別対応していました。さらに、QISTで研究する多様なアプリケーションはさまざまな極低温性能を必要としていることから、カスタマイズがさらに進み、極低温ソリューションの標準化の欠如につながっています。

まだ初期段階ですが、QISTの応用・実用化を手掛ける開発者が研究ベースから堅実な実用化製品を開発するにつれ、極低温業界は変化するニーズに対応していかなければなりません。応用分野にもよりますが、一般社会に展開する商用のQISTシステムには、冷却性能、信頼性、サイズ・重量、使いやすさ、メンテナンスのしやすさなど、現時点では欠けている要素を求められることでしょう。研究段階では、スループットと自動化が進歩を妨げる要因となっています。

量子経済開発コンソーシアム(QED-C: Quantum Economic Development Consortium)は極低温工学の専門家と協議し、QISTシステムのニーズを勘案した上で、QISTの研究と商業展開を加速するために必要な極低温システムのニーズを具体的に設定しました。そして、「極低温装置の不可視化」、「モジュール型極低温エコシステム」、「生産性の高い極低温」、「極低温の商用化」という、極低温技術の進歩における4つの優先事項を強調しています。

優先事項1:極低温装置の不可視化

「不可視化された」極低温装置の目標は、サイズと重量、および必要電力量(SWAP: Size, Weight And Power requirements)の各側面において、設計上の主要な決定要素にならないようにすることです。また、これに加え、システムの性能や稼働率を低下させないよう極低温装置を小型化し、十分な信頼性を保証しなければなりません。

SWAPを小さくすることは、制御が行き届いた施設内にある量子コンピューターの規模拡大や、ラックマウント型の量子通信機器の一般社会への展開など、極低温技術を使用するほぼすべての応用例にメリットをもたらします。現在のボトルネックとしては、部品数の多さ、相互接続の難しさ、スケールアップに伴う熱負荷の増加などがあげられています。

優先事項2:モジュール型極低温エコシステムの構築

現在販売されている極低温システムは、顧客ごとに高度にカスタム化されているため、設計のばらつきが大きく、多くの面で研究開発の妨げになっています。このようなばらつきは、メーカーごと、あるいはメーカー内でも存在し、デバイスの取り付けや相互接続、光学的アクセスや電子的アクセス、真空清浄度や振動安定性の維持などの面で課題をもたらしています。

また、標準規格がないため、システム間での測定結果の比較や、スループットに影響がある極低温サンプルやデバイスの交換、拡大化や大量生産によるコスト削減が困難になっています。

極低温業界にとっては、今こそ、モジュール化・標準化した極低温コンポーネントとシステムを開発する時なのです。このようなアプローチは生産性の向上や信頼性の改善を加速させ、極低温技術とQISTの研究や一般市場の成長に寄与します。

優先事項3:極低温システムの生産性向上

性能が実証された量子システムを商業的に展開するためには、テストと設計の反復頻度を現在より劇的に加速させなければなりません。大規模かつ大量のテストを高いスループットで行うことが必要ですが、現在は以下の要因が障害となっています。

• 配線や相互接続の制限
• クールダウン時間が長いこと
• 極低温作動時の回路、コンポーネント、システムの検証済みモデルが存在しないこと
• 性能統計を取るために複数システムを並行して動作させるにはコストが高いこと

優先事項4:極低温技術の商用化

極低温技術へのアクセスが向上すれば、科学技術の進歩とイノベーションが加速します。多くの研究者、特に小規模な研究機関にとって、極低温システムのコストは障壁となっています。また、スタートアップ企業や小規模な企業では、リソースやアクセスの不足が要因となり、費用がかさむ極低温システムを利用できないこともあるでしょう。QISTの発展と成長を加速させるには、極低温技術へのアクセスを拡大する必要があります。

極低温技術とQISTの商用化という目標を達成するには、極低温業界と量子業界の双方からスキルの高い熟練関係者のニーズをサポートするために、より広範囲に及ぶトレーニングも必要となります。大学では極低温技術に触れる機会が少ないため、実際に経験することがほとんどありません。その解決策として、学生が実地研修を受けられるような共有施設をいくつか作ることが考えられます。また、極低温技術のサプライヤーでインターンシッププログラムを実施すれば、実践的な経験を積んだ大卒人員の数を増やすこともできます。

おわりに

ここで紹介した4つの優先事項(極低温装置の不可視化、モジュール型極低温エコシステム、生産性の高い極低温、極低温技術の商用化)は、QISTを研究段階から商業展開に移行させるために不可欠なものです。QISTロードマップに記載されている全ての極低温技術を閲覧し、量子産業の発展に寄与したいとお考えの方は、QED-Cのメンバーとして加入することを是非ご検討ください。詳しくは、Celia Merzbacher(celia.merzbacher@sri.com)までお問合せください。

本記事は、https://quantumconsortium.orgに掲載されています。

筆者:Celia Merzbacher, Executive Director of SRI-managed Quantum Economic Development Consortium

編集/管理:熊谷 訓果/ SRIインターナショナル日本支社

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