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SRIの研究により、パンデミック時に若年成人のうつ病リスクが3倍になることが判明

研究結果によると、若い女性が特に影響を受けている

「若年成人の間に見られる(新型コロナウイルス感染症による)うつ病罹患リスクの急激な増加は、この世代が年を重ねるにつれて社会的機能および情緒的機能に憂慮すべき影響が及ぶという公衆衛生上の危機を予告している。」 — NCANDAの論文よりー 2021年11月2日

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは非常に困難かつストレスが大きくなってきており、多くの人々がうつ病に罹患する危機にさらされています。SRI インターナショナルのCenter for Health Studiesとスタンフォード大学の精神医学・行動科学学科(Department of Psychiatry and Behavioral Sciences)の専門家が主体となって実施した最近の研究では、在学中や新社会人になる思春期から青年期へと移行する段階の、将来に希望を抱いている若年成人層が脆弱であることが明らかになりました。

この研究は、NIHが資金を供出している「NCANDA:National Consortium on Alcohol and Neurodevelopment in Adolescence (意訳:青年期のアルコールと神経発達に関する全米コンソーシアム)」という米国の若年成人や新成人を追跡する縦断的研究を活用して実施されました。パンデミックが発生した時点でこの研究の被験者たちはすでに7~8年間追跡されていたことから、2020年に追加データを収集して新型コロナウイルス感染症のパンデミックが若者にどのような影響を与えているかを調査することができたのです。

NCANDA : アメリカを横断するコラボレーション

NCANDAは、SRIインターナショナル、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)、オレゴン健康科学大学(OHSU)、デューク大学、ピッツバーグ大学の5機関が共同でデータ収集を行っています。SRIインターナショナルは、スタンフォード大学の精神医学・行動科学学科(Department of Psychiatry and Behavioral Sciences)と一緒に、アルコール摂取による脳機能への発達に及ぼす影響に焦点をあててデータの公開と分析を担当しています。

SRIのCenter for Health SciencesのディレクターであるFiona Bakerは、SRIのNCANDAデータ収集拠点の主任研究者です。このプロジェクトの一環として、研究者は脳のMRI画像などを用いて思春期から青年期にかけての脳の発達の縦断的変化と、アルコールの大量摂取などの行為がこの発達にどのような影響を及ぼすかということを調査しています。また、睡眠や気分の変化も調べて、これらの行為が思春期の発達においてどのように交錯しているのかも探ります。この研究はパンデミックの間も継続しており、この前例のない出来事がこれから成人になる若者のうつ病にどのような影響を与えたかを捉えています。

NCANDA-SRIは、カリフォルニア州メンロパークにあるSRIインターナショナルのバイオサイエンス部門にあるCenter for Health Studiesを拠点としています。敷地内にはGE-ASL West Brain Imaging Centerがあり、さらに充実した研究を行えるようになっています。NCANDA-SRIはNCANDA-ピッツバーグと共同で、思春期の睡眠構造に関する発達とアルコール摂取の影響を調べるラボでの睡眠研究を行っています。

パンデミック時の縦断的データは、うつ病に関するどのような知見を提供したのか

「パンデミック下で何が起こっているのかをあらゆる視点から理解するためには、論理の飛躍をすることさえも必要でした。これは感染症だけでなく、将来のパンデミックやその他の危機が発生したときに何をすべきかをよりよく理解できるように、社会的および心理的影響を理解することです。」 - Fiona Baker, Director, Center for Health Studies, SRI International

パンデミックが始まったとき、BakerやNCANDAの他の研究者たちは、「今後成人になる(エマージング・アダルト-emerging adults-)」500人以上の思春期の若者と若年層の成人の被験者に対する追跡調査をすでに7年間実施していました。この継続している縦断的研究を基に、研究チームはパンデミックが被験者の行動や健康に及ぼす影響について、目的に合った調査を迅速に構築することができたのです。今回の分析はElisabet Alzueta、Simon Podhajsky、Qingyu Zhao、Kilian Pohl、Fiona Bakerが主導しており、パンデミックが人の心理的状態にどのような影響を与えたかについての知見を得ることができ、パンデミック前後のうつ症状の比較もできました。

この研究のさらなる目的の1つは、うつ病の予測因子と、うつ病に繋がる特定の要因(例えば、女性、大量飲酒、睡眠不足など)が、どうして人によって異なるのかを解明することでした。

Bakerは、「危機」が人間の精神状態に与える影響を理解する上で、同じ被験者から時間をかけて繰り返しサンプリングして収集する縦断的データの重要性を説明しています。「パンデミックや自然災害など、人間が何らかのトラウマに陥るレベルの出来事に見舞われたとき、人によって反応が異なることが分かっています。ある人は長期的な影響を受けますが、ある人には影響がありません。その理由を解明するには、縦断的なデータが最も適しています。」

人間の行動を研究することは、長期にわたる取り組みである

NCANDAコンソーシアムのプロジェクトは、思春期と若年層の成人における脳の発達と行動を調べています。このプロジェクトには、睡眠やアルコール、その他の薬物等の摂取など、いくつかの要素が含まれています。この研究は12歳から21歳までの人々の募集から始まり、その後パンデミックが発生した時には被験者たちは17歳から29歳になっていました。被験者たちは、最長で7年間この研究に携わっていたことになります。この研究では、結果を得るためにいくつかの手法を用いていますが、重要なことの1つは、うつ症状尺度を使用した自己報告式を採用しているということです。

うつ症状尺度はパンデミック前とパンデミック後で同じものを使用しています。うつ症状に関する自己申告による観察結果を、パンデミックの期間中である2020年6月と12月の2回記録をとりました。

パンデミック前までの数年間は、個別の変化を考慮してもうつ病の症状は平均してほぼ一定でした。ところが、パンデミック時の最初の6月の評価で、研究者たちはうつ症状に大きな増加があることを気付いたのです。この増加は12月の記録でも続き、被験者群の約3分の1がうつ病の高リスクと認められる基準に達していました。

パンデミック以外のうつ病の要因

研究結果の1つとして、パンデミック時にうつ症状の増加が見られたのは若い思春期の年代、特に若い女性たちでした。Fiona Bakerは、「.…これは私にとって特に興味深いことでした。パンデミックに伴う心理的状態への悪影響は女性のほうがより受けやすいということがわかったのです。一般的に、女性はうつ病性障害になりやすいのですが、この性別による差は思春期に現れます。今回のデータは、パンデミックが女性のこの脆弱性に拍車をかけているのではないかと示唆しています。」と述べています。

この調査は若い人を対象にしているため、大半の人にはまだ子どもがいません。したがって、子どもの世話と家事をしながら在宅勤務をすることの影響は考慮されていません。女性は男性とは異なるストレス反応を示すと考えられていますが、その根本的な要因はまだ解明されていません。おそらく、生物学的な要素や社会的な役割、社会や個人的な要因が混ざり合っているところにパンデミックも重なり、女性のうつ病のリスクを高めているのだろうとみています。

このプロジェクトでは、パンデミック前のアルコール摂取量など、うつ症状の予測因子を調べました。その結果、パンデミック前の1年間に飲酒した日数が多い人ほど、うつ症状の増加リスクが高いことが判明し、アルコール摂取と心理的状態の関係性が指摘されました。

睡眠パターンの悪さもうつ病の危険因子となることが知られていますが、この研究ではパンデミック前の睡眠時間が短い人ほど、パンデミック中にうつ症状の増加リスクが高いことが示されました。これらの飲酒量や睡眠時間については対策が可能であることから、うつ病から身を守る方法を示すことができるのです。

うつ病の研究は、これから成人になる若者がネガティブな気分と対峙する時に必要となるツールの開発に役立つでしょう。

うつ病を予防する

これから成人になる若者のうつ病になるリスクがパンデミック時に3倍も増えたことがわかったのは衝撃的でしたが、この研究では保護因子も判明しています。例えば、個人的なレベルでも、パンデミックの最中でも健康的な睡眠パターンの維持や睡眠行動の改善は、将来のストレスフルなライフイベントに対する保護となり、うつ病の発症を予防する可能性があります。NCANDAの研究は継続されており、今後はパンデミックが気分に及ぼす長期的な影響だけでなく、若い人々の回復や回復力(レジリエンス)についても貴重な情報を提供したいと思います。

SRI Internationalについて、詳しくはhttps://www.sri.com/jaをご覧ください。

編集/管理:熊谷 訓果/ SRIインターナショナル日本支社 

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