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統合されつつある化学革命の成果ーーー 自動化で化学の可能性が花開く

「化学」という言葉を聞くと、多くの人は中学・高校時代に化学実験の授業で怪我をしたり、教室が火事にならないように気を付けながら試験管やガスバーナーを覗いたことを思い出すでしょう。家庭用の掃除用品や庭の除草剤を思い浮かべる人もいるかもしれません。いずれにしても、私たちは日常生活における化学の影響を(かなり)過小評価する傾向にあります。

化学は、冷凍技術や食品の大量生産から、スマートフォンやバッテリー、自動車のタイヤ製造などのあらゆるものを実現してきました。また、頭痛薬のイブプロフェンをはじめ、癌や糖尿病、心疾患に対するより総合的な治療薬などの何千もの医薬品製造の基幹技術としても、化学は現代医療に欠かすことが出来ません。
一方で驚くべきことに、研究室での化合物の合成方法は、この1世紀の間ほとんど変化していません。未だに多くの手作業と苛立たしいほどの時間を要し、再現性や拡張性に乏しく、化学者らは生産性やイノベーションを犠牲にしながら既知の化学プロセスを再現することに多くの時間を取られています。

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(科学史協会 -The Science History Institute- のご厚意により掲載 https://sciencehistory.org)

自動化は答えになりうるのでしょうか?

過去数十年にわたり、自動化によって自動車製造から食品調理の分野まで品質が大きく向上しました。自動化がとりわけ困難といわれる精密化学のプロセスにおいても、研究者らは着実に自動化を進展させてきました。
これらのシステムには数多くの広範な利点があります。医薬品などの化合物の設計、合成、試験を全自動化することにより、開発スピードの加速と利用可能性の拡大がもたらされます。同時に、化学者らが人々の生活を豊かにする次世代分子の開発に多くの時間を割けるようになることで、新薬候補をより早く精査することが可能になり、創薬の開発費削減にも繋がります。

調和のとれたシステムの構築

2015年にSRIの科学者および技術者のグループは、合成化学の自動化という気の遠くなるような取り組みに着手しました。目指したのは、目的とする分子の合成経路を自ら設計し、自動的に合成経路を実行し、選んだ分子を正確にあらゆる規模(ミリグラム単位からキログラム単位)で再現性のある方法で生成することができる閉鎖系システムです。また、ユーザーに関係なく、どの研究室でも再現可能なシステムを目指しました。
ネイサン・コリンズ博士(Nathan Collins, Ph.D., SRI Biosciences/ CSO)は、「化学者たちは、日々の実験の大部分を手作業で行わなければならないという1世紀前と変わらぬ方法を用いて、創薬の開発において多くの成果を生み出してきました。彼らが骨の折れる手作業から解き放たれたら、一体どのような偉業を成し遂げてくれるでしょうか」と述べています。

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プロジェクト発足当時、このシステムに不可欠なコンポーネントの多くは商用化されていました。しかし、プロジェクトの当初からSRIのチームは、一体化が可能なソフトウェアおよびハードウェアのツール構築をゼロから始めなくてはならないことに気が付いていました。SRIにより開発され、SynFini(シンフィニ)と名付けられた自動制御機構の全自動閉鎖系システムは、以下のツールによって構成されています:ソフトウェアプラットホーム(シンルート:SynRoute)、反応スクリーニングプラットホーム(シンジェット:SynJet) およびマルチステップフローケミストリー自動化開発プラットホーム(オートシン:AutoSyn)です。 これら新しいのツールが連携して目的の分子を生成します。
プロジェクト開始からほんの半年足らずで、SynFiniには比類なき可能性が秘められていることが明らかになりました。SRIの研究チームは、米国防高等研究計画局(DARPA) のメイクイットプログラムから1,380万ドルの助成金を受けて、SynFiniを構成する更なるツールの開発に挑みました。DARPAのメイクイットプログラムは、SRIに代表されるような技術開発の促進(迅速かつ効率的な新薬開発を妨げている課題を、自動化の活用によって解決すること)を目的としています。
DARPAのDefense Sciences Officeでプログラムマネージャ―を務めるAnne Fischer(アン・フィッシャー)は、公開文書の中で各研究チームのアプローチについて次のように述べています。「熟練した化学者でも、研究室で新規分子の合成経路を設計するのに数十時間、合成の実行および最適化には数カ月を要します。メイクイットプログラムは、単に化学者の能力を分子発見やイノベーションなど他の分野に生かせるようにするだけでなく、化学合成および発見という研究活動を幅広い科学者・研究者らに開放し、新しい分子の開発スピードの加速という恩恵を受けられるようにするものです」

2016年、SRIの科学者らは化学経路設計ツールであるシンルート(SynRoute)の構築と検証に成功し、自動マルチステップ合成システムの試作品を完成させることで、メイクイットプログラムの第1段階を完了しました。また、さらに両システムを用いて複数の既知の医薬品や分子の設計・生成も行い検証しました。
その後、チームはSynFiniのシステム全体の統合を完了し、より複雑で拡張性のある分子の設計・合成を迅速に行えることを実証しました。

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よりスマートなシステムへ

熟練の化学者たちは、当然ロボットに勝る存在です。ロボットは同じ化学的タスクを系統立てて想定通りに実行することができますが、化学者は自らの経験に学び、調整を加えることにより作業の成功率やスピードを高めることができます。SynFiniが自動創薬の効率や精度を最大化するためには、やはり実際の作業から学ぶ能力がなければなりません。簡潔に言えば、「オズの魔法使い」にでてくる案山子のようにSynFiniにも「脳」が必要なのです。
2019年、SRI は人工知能(AI)と統合した全自動合成化学システムの開発に向けて、DARPAから4年契約で1,700万ドルの助成金を受けました。SRIのロジック適応型分子設計自動(LAMDA)プログラムにより膨大なデータソースから専門知識や情報にアクセスすることができます。その情報をもとにSynFiniで実行する実験の自動設計を行いながら、同時にデータ収集を行います。システムが設計サイクルを完了する度に追加データや経験が集められ、SynFiniのプラットフォーム上での設計および開発の自動化効率の継続的改善に役立てられます。
このような自動化されたインテリジェントシステムは、化学者の生産性を向上させると同時に、より”知的(スマート)に”重要な合成化合物を生成することにより、ケミカルバイオロジー、医薬品の合成、材料科学といった領域にイノベーションの新たな波を起こすかもしれません。もしかすると、高校の退屈な実験や掃除用の薬品等という従来の「化学」のイメージが払拭され、「化学」は私たちの暮らしを大きく改善すると認識されるようになるかもしれません。

本研究は米国国防高等研究計画局(DARPA)の助成を受けています。本稿に掲載された見解、意見や成果は著者ら個人のものであり、米国政府あるいは国防省の公式見解および方針を示すものではありません。これは公開文書であり、配布制限はありません。

編集/管理:熊谷 訓果/ SRIインターナショナル日本支社

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