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昆虫は「におい」を介してどのようにコミュニケーションをとっているのか

昆虫「化学的な物質」を介したコミュニケーションを理解すれば、作物の保護や、刺咬で感染症を媒介する昆虫から人類を守ることができる

私たちの周りでは、昆虫たちは交配相手を奪い合ったり、餌を探したり、餌を誰かに食べられないようにしたり…常に互いに言葉を交わしています。昆虫たちのコミュニケーションには、夏の夜のホタルの光や、夕方のセミの大合唱のような分かりやすい例もありますが、殆どの会話の多くは非常に洗練されており、化学的な香りの交流を通じて行われるため、観察することが難しいものです。

化学を介した昆虫のコミュニケーションを理解することは、作物の保護や、刺咬で病気を媒介する虫を追い払うなど、これまでと比較してより効果的な新しい方法を見つける鍵になるかもしれません。SRIインターナショナルの研究者たちは、バージニア工科大学(Virginia Tech)とラトガース大学(Rutgers University)の科学者たちと共同で、昆虫がコミュニケーションに用いる化学物質を生成する遺伝子コードの位置を特定する方法を考案しました。Protein Scienceに先日掲載されたこの研究は、化学的なコミュニケーションがどのように進化してきたかを理解するロードマップを提供しており、特定の昆虫が何を伝えているのかを解読する第一歩となっています。

「害虫駆除(ペストコントロール)は、特に農業において昔から掲げられてきた課題です。私たちは昆虫の”言葉”を解読して傍受し、場合によっては上手く方向転換できるようにする必要があります。」と、SRIの生物複雑性サイエンスプログラム・ディレクター(Program Director of Biocomplexity Sciences)で、この論文の筆頭著者であるPaul O'Mailleは述べています。

昆虫はテルペン(terpenes)と呼ばれる一種の化学物質でコミュニケーションをとっています。テルペンは気化しやすく、空気中に拡散して広い範囲をカバーすることから、不特定多数の昆虫の元に届く可能性があります。しかし近年までは、昆虫はテルペンを自力で作り出すことはできないと研究者たちは考えていたのです。一般的に昆虫たちは周囲の環境から、または食物から、あるいはテルペンを生成する微生物を宿す方法などでテルペンを摂取していると考えられていました。

「ここ数年の間に、私たちの共同研究者やその他の人たちは、昆虫たちはこのコミュニケーションのためにテルペン合成酵素(特定種が自らテルペンを作り出すことを可能にするもの)と呼ばれる酵素をコードする遺伝子を持っていることを発見しました。そして、このことが私たちにとって新しい世界を切り開いてくれたのです。」とO'Mailleは述べています。

一部の昆虫にはテルペンを作る能力が遺伝子コードに書き込まれていることが判明したので、研究者たちは他の種でも同じような遺伝子を見つける方法を研究し始めました。数十年にわたり植物のテルペンについて研究してきたO'Mailleは、テルペンを作るのに必要な化学反応を分析し、その生成にはどの遺伝子に手を加えるのが重要なのかを特定することができました。また、テルペン合成酵素に特異的な遺伝子コードのパターンモチーフをいくつか特定することもできたのです。

「私たちは、このようなテルペン合成酵素がどのようにして生まれたのかという自然史を理解するルールセットをまとめました。そして、その遺伝子がテルペン合成酵素であるかどうかを予測するヒューリスティック(発見的手法)を導き出すことができました。このヒューリスティックを用いると、様々な昆虫にこのようなテルペン合成酵素遺伝子が大量に存在することがわかったのです。」とO'Mailleは述べています。

研究者たちは、昆虫の既存の遺伝子配列にこの手法を適用することで、数百のテルペン合成酵素遺伝子の候補をすでに同定しています。彼らが調査した生物の種は、昆虫目29種のうち8種に過ぎませんが、そのデータは、テルペンを用いた化学的コミュニケーションが何度も独自の進化を遂げてきたことを示していました。

研究者たちは、この基礎データを提供することで科学者がより多くの昆虫のテルペン合成酵素の正体を確認し、テルペンがどのように利用されているかを理解する手助けとなることを期待しています。そして、このような昆虫の言葉を理解することさえできれば、それを利用することができるのです。例えば、重要な作物を捕食する昆虫にとって、どの化学物質が魅力的なのかが判明すれば、その化学物質を生成するおとりの植物を群生させてその昆虫が近づかないようにすることができるかもしれません。

「昆虫たちのコミュニケーションを解読することで、より多くの選択肢が生まれます。」とO'Mailleは述べています。

O'Mailleはまた、この論文で使われた手法は昆虫以外にも応用できると主張しています。O'Mailleたちがゲノムコードのどの部分がテルペン合成酵素であるのかを予測するのに使用した技術は、他の動植物の他の酵素にも同様に応用できるのです。

「今現在、われわれはゲノムの配列を自由に決定することができますが、ゲノムの解釈はそれほど進んでいるわけではありません。私たちの研究は、他の種類の酵素について、遺伝子の機能をより正確に予測できるようなヒューリスティックを開発するロードマップを提供しています。」とO'Mailleは述べています。

編集/管理:熊谷 訓果/ SRIインターナショナル日本支社

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